知立の歴史ぶらり探訪・翁のいざない
第20話(前編) 「茶園の由来」碑
内藤魯一没後100年記念事業実行委員会(魯一会)が、板倉藩(福嶋藩)に関わる茶畑を発見出来ずにいたところへ、思わぬ朗報が舞い込みました。『知立市わくわくウオーキング』の資料に「茶園の由来」碑が載っていると言うのです。これこそ探し求めていたもの、直ちに本林公園(谷田町)へ駆けつけたのはいうまでもありません。
公園を訪れると、目の前に「茶園の由来」碑。碑文にいわく、「明治二年板倉藩は殖産事業として茶の栽培を奨励した。然し其の結果は思わしくなく明治用水の開さく後田に変換され今その面影はない。以前茶園であったこの地の実生の一部を当時の名残として移植したものである」と。
以前茶園であったこの地の実生の一部を当時の名残として…の一文に胸を打たれますね。
地元の歴史を未来へ伝えようと、石碑を建て、茶園整備に尽力されたのは、知立南部土地区画整理組合。
(坂之上九門)
(知立くらしのニュース 2014.6.21 掲載)